空間線量率の計算

2011年6月 (2011年7月追加)
京都市立芸術大学  藤原隆男

はじめに

東日本各地で空間放射線量率の測定が進んでいるが,ネット上で測定点の高さによる数値の差が問題になり,5月下旬にはテレビの報道でも話題になっていた。 たしかに,測定点が高いと測定値は小さ目に出る。 その理由は,牧野氏が 公開日記 (4/29) で説明しているとおりである。 地表に放射性物質が一様に分布しているばあい,測定点から見て水平方向に近い遠方の地表ほどγ(ガンマ)線で明るく輝くが, 測定点が高いと明るいはずの遠方が空気による減衰で見えなくなるというわけだ。

では,測定点の高さが変わると測定値がどれくらい変わるのか? ちょっと計算してみたので,報告したい。 ちなみに筆者は天体物理屋で,放射線については素人である。 誰かが同じような計算をしているだろうと思ったら,田崎氏の 丁寧な解説 がすでにあった。 ここでは,高校の理系コースを経た人を対象に,できるだけ平易に説明してみたいと思う。

  / の記号について
このページでは,分数の表記に (分子)/(分母) という方式を使うことにする。 たとえば a/b は a/b のことだ。 / を使うと,分数を1行におさめて表現できるので便利だ。 この方式は,単位の表記に (たとえば  m/s  のように) 使われるので,おなじみだろう。

空間線量率 (空気による減衰がないとき)

空間放射線量率 (長いのでここでは空間線量率とよぼう)の測定が各地で実施されている。 積算には「線量」,時間あたりの線量には「線量率」を使うようだ。 これは,空中を飛び交うγ線を測ったもので,γ線はおもに地表に降り積もった放射性物質から来ている。 いわゆる外部被曝の目安となる量だ。 事故発生からしばらくのあいだは,風にのって上空(高度 100 m あたりまで)を漂うキセノン133 (半減期 5.2 日) からのγ線も測定にかかっていたようだが, その後は3月15日~16日および3月21日~23日に降雨とともに地表に降り積もった放射性物質 (セシウム137, 134など) からのγ線がメインになっている。 空間線量というと,放射性物質が空間を漂っているような印象を受けるが,じっさいは地表から来るγ線がほとんどだ。 ここでは地表の放射性物質だけを考えることにする。

放射性物質が平らな地表の薄い層に一様に分布しているとし,単位面積に含まれる放射性物質から出る1秒あたりのγ線の数を p とする。 p の単位は,たとえば Bq/m2 (ベクレル/平方メートル) がいいだろう。ちなみに,Bq は1秒あたりの崩壊数 (単位 s-1) のことだ。
(注) じつは,1つの崩壊に対してγ線が100%の確率で出るわけではないし,出るγ線も1本とはかぎらない (表1 参照)。 ここではγ線が100%の確率で出るとし,放出確率の影響はベクレルからシーベルトへの換算の項で取り入れることにする。
地表の放射性物質と測定点
図1.測定点と地表の放射性物質の位置関係


γ線は長い距離を走ると空気に吸収されるが,まず話を簡単にするために空気による減衰を無視しよう。 いま,図のように測定点が地上から h の高さにあるとする。測定点の真下から r の距離にある単位面積の放射性物質から毎秒出る p 個のγ線が 4π(r2 + h2 ) の面積に拡がるので,測定点にやって来るγ線の数は,単位面積あたり毎秒 p / [4π(r2 + h2)] になる。これに,距離 rr+dr で挟まれた細いリング状の面積  r×dr  ( dr は無限小の幅) を掛けたもの  prdr / [4π(r2 + h2)]   が,幅 dr のリングに含まれる放射性物質から測定点に来るγ線の数である。これを r=0 から r=∞ まで足し合わせたもの (積分) が,測定点にあらゆる方向からやってくる (単位面積あたり単位時間あたりの) γ線の総数になる。 これを流束という。 線量計の検出部分の形が球 (断面積がちょうど 1) で,その球を通過するγ線をすべて数えたものと思ったらいい。 この流束を I とすると,I はつぎの式で表せる。

\[I = \int_0^\infty {\frac{p}{{4\pi \left( {{r^2} + {h^2}} \right)}}} 2\pi rdr = \frac{p}{4}\left[ {\ln \left( {{r^2} + {h^2}} \right)} \right]_0^\infty \] (1)

この積分は,高校の数学でできる。結果は,右辺を見てわかるように無限遠方で対数的に発散する (ln は自然対数)。 なぜこんなことになるのか,ちょっと考えてみよう。 γ線で見た地面の明るさは,視線方向にある放射性物質の層の厚みによって決まる。 ところで,図1から分かるように,遠方では放射性物質の層を斜めから見ているので,視線方向に厚い層を見ていることになる。 すなわち,地面は遠方ほど明るく輝いているわけだ。 空気による減衰や地面による遮蔽がなければ,遠方はいくらでも明るくなるので,これらを足し合わせると発散するというわけだ。

このへんの事情は,距離 r の代わりに 角度 θ を使うほうが分かりやすいかもしれない。 r = h tanθ,  dr = h sec2θ dθ を (1) に代入して書き換えるとつぎのようになる。

\[I = \int_0^\infty {\frac{p}{{4\pi \left( {{r^2} + {h^2}} \right)}}} 2\pi rdr = \int_0^{\frac{\pi }{2}} {\frac{p}{{4\pi \cos \theta }}} 2\pi \sin \theta d\theta \] (2)

右辺の積分中の 2πsinθ dθ は,角度 θθ+ で挟まれる部分の立体角 (半径 1 の球面における面積のこと) である。残りの p / (4πcosθ) が地面の明るさを表している。 すなわち,地面の明るさは  cosθ に反比例する (上の図から視線方向の放射性物質の層の厚さが cosθ に反比例することはすぐにわかるので,変数変換でも同じ結果が出るだけのことだが)。 下の図のように,水平方向に近いほど地面は明るいわけだ。 これは,空が地平線に近いほど明るいのと同じ事情だ (地球が丸いことの影響や空気による自己吸収があるので,いくらでも明るくなるわけではないが)。 あるいは,一様に星が分布している銀河円盤をそばで見ると,遠方がまぶしく見えるのと同様だ (筆者自身は見たことがないが)。 身近なところでは,神戸ルミナリエの 光の回廊が遠方ほど明るいのも同じ理由による (これもまだ見たことがない。見に行かねば)。 [某筋から,東京ミッドタウン芝生広場のスターライトガーデン (たとえば この写真) のほうがイメージしやすいかと,というありがたい指摘が…]
図 地面の明るさ
図2. 地面の明るさを角度 θ の関数として表したもの (青線)。真下の明るさを 1 とした。
緑と赤は,空気による減衰があるときの,地上 1m, 10m から見た地面の明るさ (後述)。




対数的でゆっくりとはいえ,発散が出てくるのは気持ちが悪い。 そもそも,エネルギー的におかしくないか?   筆者もしばらく悩んだが,発散は検出部分の形状が球 (つまり線量計の感度が等方的) であるとしたことと関係があることに気づいた。 もし水平な面を通過するγ線を数えたら有限になるはずだ。 というわけで,計算してみよう。 水平な面の単位面積を通過するγ線の数は,垂直な面で受けるばあいの cosθ = h / (r2+h2) 1/2  倍になるはずだ。これを積分の中身に掛けて,積分を実行すると

\[I = \int_0^\infty {\frac{{ph}}{{4\pi {{\left( {{r^2} + {h^2}} \right)}^{3/2}}}}} 2\pi rdr = \frac{p}{2}\] (3)

のようにちゃんと有限になる (これも高校の数学でできる)。その値は,放射性物質の層から出るγ線の数のちょうど半分,つまり上向きに出た数だ。

空気による減衰

(1)式の内容は,空気による減衰を無視したとき,遠方の地面が明るく輝いて,測定点に届くγ線の数が発散してしまうというものだ。 じっさいには,空気による減衰で遠方が見えなくなるため発散は起こらない。 この空気による減衰の効果をちゃんと入れると,測定点の高さによって測定値が変わることが示せる。

γ線は高エネルギーの電磁波(光子)で,物質中を走るうちに原子の中の電子とぶつかる。 γ線が進む距離を x としたとき,電子に衝突せず無傷で残っている確率は  ex  の形の指数関数になる。ここで e = 2.71828 は Napier 数。 μ は「減衰係数」とよばれ,γ線が単位長さを走ったときに電子と衝突する確率を表す。 μ の逆数  l = 1/μ  は,γ線が無傷で走る平均距離を表していて「減衰長」または「平均自由行程」とよばれる。 もちろん,長さの単位をもつ量である。 γ線が減衰長だけ進むと,γ線は 1/e = 0.368 倍に弱められるので,減衰長は遮蔽距離の目安になる長さだ。

γ線のエネルギーが 0.5 MeV (メガ電子ボルト) 前後の領域では,γ線は「コンプトン散乱」という形で電子と衝突する。 コンプトン散乱の確率は,γ線のエネルギーや物質にはあまりよらず, 電子の数で決まることが知られている。 すなわち,減衰長は物質中の電子の数密度に反比例する。 ところで,電子の数密度は物質の質量密度にほぼ比例する (水素を除いて,電子の数は分子量のほぼ半分) ので,減衰長は物質の質量密度 (=質量/体積,記号 ρ で表す) にほぼ反比例することになる。 したがって,減衰長に質量密度を掛けたもの ( ρ×l = ρ/μ ) は,あまり物質によらない量になる。 これを「質量減衰長」という。 長さに質量密度を掛けた量なので,kg/m2 または g/cm2 という単位を持っている。 下の図は,空気と水の質量減衰長を,γ線のエネルギーの関数としてグラフで表したものだ (出典は Tables of X-Ray Mass Attenuation Coefficients)。 水と空気で1割程度しか差がないことがわかる。 この質量減衰長を物質の質量密度(水: 1 g/cm3,  0℃の空気: 1.29×10-3 g/cm3,  25℃の空気: 1.18×10-3 g/cm3) で割ると減衰長 (単位は cm) が出てくる。 たとえばセシウム137から出るγ線のエネルギーは 0.66 MeV (メガ電子ボルト)だ。 このエネルギーに対する水の質量減衰長は ρ/μ = 11.7 g/cm2 なので,これを水の密度で割って l  =  1/μ = 11.7 cm, すなわちγ線は水中を平均 12 cm ほど走ることがわかる。 空気の質量減衰長は ρ/μ = 13.0 g/cm2 なので,これを空気の密度で割って,減衰長は約 100 m (0℃) ~ 約 110 m (25℃) であることがわかる。 また,図にはないが,土の質量減衰長も空気とほとんど同じはずなので ρ/μ = 13 g/cm2 として,これを土の密度(湿った土で 1.8 g/cm3 くらい?)で割ると,γ線は土中を 7 cm ほど走ることがわかる。

減衰長
図3.質量減衰長



Cs-137 から出るγ線は,空気中を平均で 100 m ほど走ることがわかった。 ここでは,減衰長をちょうど 100 m としよう。 空気によるこの減衰のため,地表の放射性物質からくるγ線の数は \[{e^{ - \mu \sqrt {{r^2} + {h^2}} }}\] だけ減少し,遠くは見えにくくなる。 (1) 式の積分の中身には,ほんとうはこれを含めておかなければならない。 すなわち,測定点にやって来るγ線の数はつぎのようになる。

\[I = \int_0^\infty {\frac{{p{e^{ - \mu \sqrt {{r^2} + {h^2}} }}}}{{4\pi \left( {{r^2} + {h^2}} \right)}}} 2\pi rdr\] (4)

この積分は,残念ながら簡単な式では書けない。 下のグラフは,(4) を数値積分で求め,測定点の高さ h の関数として表したものだ。 γ線の強さは,p を単位としている。 これが,問題になった測定点の高さによる測定値の違いを説明するグラフだ。 1 m10 m では2倍以上の差が出ることがわかる。
  空中線量
図4.  (4)式の積分を,測定点の高さ h の関数として表したもの。
γ線の空気中での減衰長 (平均自由行程) は l = 1/μ = 100 m とした。



測定点が高いほど数値が小さく出るのは,どう理解したらいいか? それは,高いところで測ると,測定値に大きく寄与する,まぶしく輝く遠方の地面が,空気による減衰で見えなくなるためだ。 もともとの地面の明るさは,(2) 式からわかるように角度 θ で決まる。 たとえば θ=89° (水平方向から 下向き) は,測定点の高さの約 57 倍の場所に当たる。 1 m の高さだと,下向きは 57 m 先にあたり地面はまぶしく見えているが,10 m の高さになると 下は 570 m も先になるので空気による減衰で見えないのだ (図2参照)。

じっさいには,たとえばビルの屋上で測ると屋上に積もった放射性物質からのγ線もあるので,計算の通りにはならないだろう。 測定点の近くに建物などがあるときは,それが遠くの地面からのγ線を遮蔽する効果もある。 地面が土でできていて,放射性物質が地中に何cmかしみこんでいるときは, 斜め方向に出るγ線に対して地面自体の遮蔽が効くので,遠方があまり明るくならない。 また,測定点が地面に近いと,地面の凹凸のために遠方が見えなくなるので, 計算ほど測定値が高くならないかもしれない。 各地の線量率を比較するときは,できるだけ建物などの遮蔽の影響がないところで, 地面からの高さや地面の種類(土かコンクリートか芝生か)を統一して測定することがたいせつだろう。

ベクレルからシーベルトへの換算

上では,地表の放射性物質から測定点へ来るγ線の流束 (単位面積,単位時間あたりの個数) を求めた。 これをもとに,いわゆる吸収線量率 Sv/h (シーベルト/時) を計算してみよう。 γ線が物質中を単位長さだけ走るとき,物質中の電子にぶつかる割合を「減衰係数」という。 これは,上で出てきた減衰長のちょうど逆数で,μ という記号で表す。 単位は長さの逆数 (たとえば cm-1) になる。 減衰係数そのものではなく,それを質量密度で割った「質量減衰係数」μ/ρ (単位は cm2/g) もよく使われる。 これは,物質にあまりよらない量になる。 γ線が単位面積の筒の中を1グラムぶん走ったとき,電子にぶつかる確率と考えればよい。 水と空気についてグラフを書いてみると下のようになる (出典は Tables of X-Ray Mass Attenuation Coefficients)。

減衰係数は,γ線が電子とぶつかる割合であるが, ぶつかったときγ線のエネルギーがすべて電子に移るわけではない。 とくにコンプトン散乱では,γ線が電子とぶつかったあと,2次γ線がエネルギーを持ち出すので, 電子がもらうエネルギーは一部だけだ。 減衰係数のうち,最終的に電子の運動エネルギーになる分をエネルギー吸収係数といい,μen という記号で表す。 これを質量密度 ρ で割った μen は,質量エネルギー吸収係数という (図の破線)。 吸収線量率の計算にはこちらのほうを使わなければならない (μ/ρ のほうを使ったら大きめの数字が出て,筆者はしばらく悩んだ)。

吸収係数
図5.質量減衰係数(実線)と質量エネルギー吸収係数(波線)



(4)式で求めた流束 (地上 1 m では I = 2.02 p ) に,γ線の放出確率 (P = 0.85) とγ線のエネルギー ( E = 0.66 MeV = 1.06×10-13 J) を掛け, さらに質量エネルギー吸収係数 μen を掛けると,質量あたりの吸収線量が出てくる。 人体の主成分は水なので,吸収する物質として水を選び,0.66 MeV での質量エネルギー係数  μen/ρ = 0.0327 cm2/g  を使うことにする。 吸収線量率を ε とすると,

ε = I × P × E × (μen/ρ)
   = 2.02 p [s-1m-2] × 0.85 × 1.06 ×10-13[J] × 0.0327 [cm2/g]
   = 2.02 p × 3600 [h-1m-2] × 0.85 × 1.06×10-13 [J] × 0.00327 [m2/kg]
   = 2.1×10-12 × p  [(J/kg)/h]

となる。ここで,ベクレルを Bq = s-1 で置き換えた。 また,s-1 = 3600 h-1 として秒を時間に換え,cm, gm, kg に換えた。 ところで,J/kg (ジュール/キログラム) は 1 kg あたりの吸収エネルギーで,放射線の分野ではこれを Gy (グレイ) という単位で表す。 シーベルト Sv は,人体が受ける影響を考慮してグレイに放射線の種類に応じた荷重係数を掛けたものだが,γ線についての荷重係数は 1 なので,Gy = Sv としてよい。したがって

ε = 2.1×10-12 × p [Sv/h]

と書ける。 これが,単位面積あたりのベクレル (Bq/m2)  から時間あたりのシーベルト (Sv/h) への換算式だ。 たとえば p = 1 Bq/m2 のとき ε = 2.1 × 10-12 Sv/h である。 p = 106 Bq/m2 (平方メートルあたり100万ベクレル) だと ε = 2.1×10-6 Sv/h = 2.1 μSv/h (2.1 マイクロシーベルト毎時) になる。 MBq/m2 (平方メートルあたりメガベクレル) から μSv/h (マイクロシーベルト毎時)への換算係数は 2.1 [μSv/h]/[MBq/m2] というわけだ。

IAEA の資料 (IAEA-TECDOC-1162) の98ページには,地表の放射性物質による換算係数の表がある。 それによると Cs-137 の換算係数は,ここで使った単位で 2.1 [μSv/h]/[MBq/m2] だ。 偶然だと思うが,よく合っている。 ここでの計算に大きな間違いはなさそうだ。IAEA による換算係数の計算の詳細はわからないが, 地面の凹凸や土の表面による減衰の効果 (数値を小さくする), 身体の中でのコンプトン散乱によってエネルギーが低くなった散乱γ線の影響(ビルドアップ効果,数値を大きくする) などの補正が入っていると思われる。

IAEA の換算係数の表は便利なので,下にいくつか抜粋しておこう。 地表の放射性物質を平方メートルあたり100万ベクレルの単位で表し, それに換算係数を掛けるとマイクロシーベルト毎時が出てくる。 たとえば,茨城県中部には3月21日~23日に 25000 Bq/m2 = 0.025 MBq/m2 ほどの Cs-137 が降ったが,表の換算係数を使うと空間線量率は 0.05 μSv/h になる。 Cs-134 がどれくらい降ったかわからないが,ベクレルで Cs-137 よりちょっと少ない 20000 Bq/m2 = 0.02 MBq/m2 くらいだとすると,換算係数をかけて空間線量率は 0.11 μSv/h なので,計 0.16 μSv/h。 このうち 2割 が4月の雨で流れたと仮定して 0.13 μSv/h。 地面からの自然γ線 (主として K-40 から) が 0.03 μSv/h としてこれを加えると,空間線量率は合計 0.16 μSv/h になる。 これは,空間線量率の測定値とほぼ合う。

表1.放射性物質からのγ線とベクレルからシーベルトへの換算係数

放射性物質 半減期 おもなγ線 (放出確率) IAEA 換算係数
[μSv/h]/[MBq/m2]
I-131
8.02 日
0.364 MeV (81.7%)
1.3
Cs-134
2.06 年
0.605 MeV (97.6%)
0.796 MeV (85.5%)
5.4
Cs-137
(娘核を含む)
30.2 年
0.662 MeV (85.1%)
2.1
K-40
12.8 億年
1.461 MeV (11%)
0.52

* それぞれの放射性物質の崩壊スキームについては LBNL Nuclide search (リンク切れ? 代わり はこちら) の表とグラフが便利

地中に一様に分布する放射性物質

応用として,放射性物質が地面の中まで一様に分布しているときに,地上で測ったγ線の空間線量率を考えてみよう。 土中の K-40 からのγ線 (カリウムの 0.012% は半減期が 12.8 億年の放射性カリウム K-40 で,これが地面からの自然放射線のおもな原因になっている) が,このケースに当たる。 原発の地下にたまった汚染水からのγ線も,土と水の違いはあるが,同様のケースだ。

放射性物質が,表面ではなく地中に一様に分布していると,深いところからのγ線は土による減衰のため出てこられない。 減衰を受けながら出てくるγ線の量を視線方向に積分すると,ちょうど単位体積あたりの放射性物質に減衰長をかけたものからのγ線と一致する。つまり,表面から減衰長の厚みの中に含まれる放射性物質だけを,それが表面に集まっているかのように考えればいいということになる。 したがって,地中の放射性物質の単位質量あたりのベクレルを S [Bq/kg] とすると,単位体積あたりのベクレルは S×ρ [Bq/m3], 減衰長は (1/μ) [m] なので, 単位面積あたりのベクレルへの換算の式は p = S×(ρ/μ) [Bq/m2] となる。 これはγ線の土中での減衰だけを考えたときの話だが,じっさいにはコンプトン散乱のあとの散乱γ線も混ざってやって来る。 散乱γ線も考慮に入れた計算はずいぶん面倒で,シミュレーションなどで評価されているが, ざっと,ここで見積もった数値の1.5倍ぐらいになるようだ。 したがって,Sp に読みかえるときは 1.5 倍程度の補正が必要だ。 すなわち p = 1.5×(ρ/μ)

ところで,γ線を出す物質の厚みである減衰長は視線方向に測るので,角度によって減衰長が変わることはない。 つまり,遠方の地面から出てくるときも真下からくるときも p の値は同じで,地面は同じ明るさで輝くことになる。 これが,表面だけに積もった放射性物質 (遠方が明るい) との大きな違いだ。 したがって,γ線の強度は (2) 式で分母の cosθ を消したときの値になる。 これを積分すると  I = p/2 となる。 (空気による減衰を考慮に入れると,γ線の強度は 図6 のようになる。 測定点があまり高くなければ空気による減衰は無視してもよいことがわかる。 また,すぐ近くで測っても測定値が急に上がることもない。) 地表に薄く積もっているときのγ線の流束は 1m の高さで I = 2.02 p だったので,その 1/4 倍ぐらいだ。 したがって,放射性物質が地中に一様に分布しているときの土による減衰の効果は,IAEA の (地表に放射性物質が降り積もった場合の) 換算係数を 1/4 倍することで取り入れればよいことになる。
  空中線量
図6.  地中に一様に分布する放射性物質からの線量率を測定点の高さ h の関数として
表したもの。 地面のすぐ近くで測っても,測定値が高くなることはない。



では,具体的に計算してみよう。 たとえば,K-40 (γ線のエネルギーは 1.46 MeV) が土の中に S = 800 Bq/kg で深いところまで分布しているとする。 1.46 MeV に対する質量減衰長は図3より ρ/μ = 19 g/cm2 = 190 kg/m2 (空気の値を使った) 程度なので,p = 1.5×(ρ/μ) = 1.5 × 800 × 190 Bq/m2 = 0.23 MBq/m2 となる。 換算係数は 0.521/4 倍として 0.13 [μSv/h]/[MBq/m2] なので,これを掛けて空間線量率は ε = 0.03 μSv/h となる。 東日本での平均的な地面からの自然γ線のレベルだ。

同様にして,畑に積もった Cs-137 が,耕されて S = 1000 Bq/kg で 10cm 以上の深さまで分布しているとする。 0.66 MeV に対する質量減衰長は図3より ρ/μ = 13 g/cm2 = 130 kg/m2 程度なので,p = 1.5×(ρ/μ) = 1.5 × 1000 × 130 Bq/m2 = 0.20 MBq/m2 となる。 換算係数は 2.11/4 倍として 0.5 [μSv/h]/[MBq/m2] なので,これを掛けて空間線量率は ε = 0.1 μSv/h。 Cs-134 からのγ線がこれに加わると,約 0.3 μSv/h となる。

こんどは,高濃度汚染水に S = 3×109 Bq/kg の Cs-137 が含まれているとして,水面の上で測った空間線量率を計算してみよう。 0.66 MeV での水の質量減衰長は ρ/μ = 12 g/cm2 = 120 kg/m2 ぐらいなので,p = 1.5 × 3×109 × 120 Bq/m2 =  5.4×105 MBq/m2 となる。 これに換算係数 2.11/4 倍すなわち 0.5 [μSv/h]/[MBq/m2] を掛けると  ε = 0.27×106 μSv/h すなわち約 0.3 Sv/h になる。 これに Cs-134 からのγ線が加わると,約 1 Sv/h。 そばにいると数時間で命を落とす数値だ。

つぎに,食品の汚染が市販の線量計でチェックできるかどうか見積もってみよう。 食品 (トマト,肉,米など中身が詰まったもの) に Cs-134 と Cs-137 が合わせてちょうど暫定基準値 S = 500 Bq/kg (それぞれ 250 Bq/kg) だけ含まれているとして,一面に敷き詰めた食品の上で測った空間線量率を計算してみよう。 水の減衰長は 1/μ = 12 cm ぐらいなので,資料の厚さ (隙間があるときは隙間を除いた正味の厚さ) はこの倍ぐらいがほしい。 p = 1.5 × 500 × 120 Bq/m2 =  0.09 MBq/m2 なので, これに Cs-134 と Cs-137 の換算係数の平均値 3.71/4 倍すなわち 0.9 [μSv/h]/[MBq/m2] を掛けると  ε = 0.08 μSv/h になる。 市販の線量計で検出可能なレベルだ。 ただし,バックグランドが十分低いところで測定する必要がある。 また,試料は減衰長の倍ぐらいの厚さに積んであるのが望ましい。 パック肉のような厚みがあまりない試料だと,空間線量率は厚みに比例して小さくなるので,スーパーのようにパック肉が一面に並べられたところで測っても,厚く積み重ねないかぎり検出はむずかしいと思われる。 もし,Cs-134 と Cs-137 を合わせて S = 100 Bq/kg (追記:2012年4月施行の現行基準値) 程度の汚染があるばあい,空間線量率は 0.02 μSv/h 以下と予想される。 感度のよい線量計を用い,バックグラウンドの影響をできるだけ小さくして (たとえば水を入れたバケツやペットボトルで周りを囲むなどして周辺からのγ線を遮蔽して) 測定する必要があるだろう。

* たいていの食品はカリウムを含んでおり,そのうちの 0.012% は放射性の K-40 でγ線を出している。 したがって,食品からのγ線をまとめて測ると,この K-40 からのγ線が混ざってしまう。 セシウム由来のγ線を分離して検出するためには,個々のγ線のエネルギーを測定してスペクトルを表示することができるタイプの,ちょっと高価な線量計が必要になる。

さいごに

地面に降り積もった放射性物質の量と空間線量率の関係を見てきた。 筆者が誤解している部分も多々あると思うし,放射線の分野の人には常識のことばかりだろうが,他分野の人の理解の助けになればさいわいだ。 この計算をするきっかけを与えてくれた,牧野氏には感謝したい。 牧野氏の公開日記はたいへん勉強になるので,物理に興味のある人は,ぜひ彼の計算を追いかけてもらいたい。 ここではγ線による外部被曝だけを扱ったが,内部被曝についても勉強しなければ (むずかしそう…)。

さいきん,ようやく空間線量率を測定することの重要性が認識され,統一した環境での測定が多くの自治体で行われるようになったのは前進だ。 問題は,どうやって被ばくを最小限に抑えるかだ。 校庭の表土を削るのも有効な方法だが,プールのコンクリートや路面や側溝にたまった放射性物質をこすって洗い流すのはたいへんそうだ。 高圧洗浄機がよさそうな気がするが,飛び散った放射性物質をうまく処理しないといけない。 下水に流して処理場に集め,あとで原発敷地に捨てるしかないかもしれない。 家の庭や公園や田畑の表土を削ると,大量の汚染土が出る。 何かいい土の処分方法はないものか。

* 削った表土を校庭の隅に積み上げている学校が多いようだが,土の山からのγ線がちょっと気になる。 上にブルーシートをかけるだけでなく,その上に土嚢を敷きつめたらいいのではないだろうか。 γ線は20cmの土で1桁ほど弱くなるので,汚染土の移動先が見つかるまでの対策として有効だと思うのだが。