超々入門 量子力学 ― プランク分布の導出

2025年   藤原隆男

プランク分布

黒体放射のエネルギーは, 黒体の温度 \( T \) だけで決まる。 量子論の知識を用いて, 黒体放射のエネルギー分布すなわちプランク (Planck) 分布の式を導こう。

まず, 光子の粒子数の分布から。 量子統計によると, ある状態に入れる粒子数は1次元の場合 \( {\rm{d}}{p_x} \, {\rm{d}}x = h\) の大きさの位相空間が単位になる。 ここで「位相空間」とは, 配位空間つまりふつうの空間 \( (x, y, z) \) と運動量空間 \( ({p_x}, {p_y}, {p_z}) \) で構成される空間のことだ。 \( {\rm{d}}{p_x} \)\( {\rm{d}}x \) は, それぞれ微小な \({p_x}\) と微小な \(x\) を表す (図1 参照)。 これは, 電子だけでなく光子についても成り立つ。

位相空間
図1. 位相空間の最小単位。 1次元の場合 \( h \) が位相空間体積の単位, 3次元では \( {h^3} \) が位相空間体積の単位になる。

いま, 3次元配位空間の大きさは単位体積, すなわち \( {\rm{d}}x\,{\rm{d}}y\,{\rm{d}}z = 1 \) であるとする。 いっぽう, 3次元運動量空間に関しては3成分ではなく運動量の大きさ\( p \)を使うと, 3次元運動量空間の微小体積は運動量空間の球の表面積に微小の厚みを掛けたもの, すなわち \( 4\pi {p^2} {\rm{d}}p \) と書ける (図2 参照)。

運動量空間
図2. 運動量空間での微小体積

3次元配位空間 × 3次元運動量空間 の位相空間体積 \( {h^3} \) につき1つの状態があるので, 単位体積あたりの状態数はつぎのようになる。

\[ \frac{{4\pi {p^2}{\rm{d}}p}}{{{h^3}}} \]

統計力学によると, 粒子が光子のようなボース粒子 (ボソンともいう) の場合, 各状態に入る粒子数は上の状態数につぎの量子統計の係数をかけたものになることが知られている。 すなわち

\[ \frac{g}{{e^{{E \over {k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}} - 1}} \]

ここで \( g \) は多重度を表す。 光子の場合は \( g = 2 \) となる。 これは光に右偏波と左偏波の2つの状態があることに対応している。 また, 指数関数の中の \( E \)はエネルギー, \( k_{\small{\rm{B}}} \)はボルツマン定数, \( T \)は熱力学温度を表す。

これより, 運動量が \( p \)\( p+{\rm{d}}p \) とのあいだに含まれる単位体積当たりの光子数はつぎのようになる。

\[ \frac{{8\pi {p^2}{\rm{d}}p}}{{{h^3}}}\frac{1}{{{e^{{E \over {k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}} \]

これに光子のエネルギー \( E \) をかけると光のエネルギー密度になる。 運動量が \( p \)\( p+{\rm{d}}p \) とのあいだに含まれる光のエネルギー密度を \( {\rm{d}}u \) とすると

\[ {\rm{d}}u = \frac{{8\pi {p^2}{\rm{d}}p}}{{{h^3}}}\frac{E}{{{e^{{E \over {k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}} \]

あとは, \( E = h \nu \), \( p = E/c = h \nu/c \) を用いて変数を周波数\( \nu \)に書き換えると, 光のエネルギー密度に関するプランク分布の式が得られる (図2 参照)。

\[ {\rm{d}}u = \frac{{8\pi h{\nu ^3}}}{{{c^3}}}\frac{1}{{{e^{{{h\nu } \over {k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}} \, {\rm{d}}\nu \]

すなわち

\[ \frac{{{\rm{d}}u}}{{{\rm{d}}\nu }} = \frac{{8\pi h{\nu ^3}}}{{{c^3}}}\frac{1}{{{e^{{{h\nu } \over {k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}} \]

プランク分布 (周波数の関数)
図2. 周波数の関数として表した放射エネルギー密度のプランク分布。 横軸の下にあるのは, 周波数に対する可視光周辺のスペクトルの図。 3.8×1014 Hz から 7.9×1014 Hz あたりが可視光。

関係式 \( \nu = c/\lambda \) を用いてプランク分布を波長 \( \lambda \) の関数として書き換えると, \( {\rm{d}} \nu = -(c/{\lambda ^2}) \, {\rm{d}}\lambda \) なので, つぎのようになる (図3 参照)。

\[ \begin{align} {\rm{d}}u &= \frac{{8\pi h}}{{{\lambda ^3}}}\frac{1}{{{e^{{{hc} \over {\lambda k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}} \times \frac{c}{{{\lambda ^2}}} \, {\rm{d}}\lambda \\ &= \frac{{8\pi hc}}{{{\lambda ^5}}}\frac{1}{{{e^{{{hc} \over {\lambda k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}}\,{\rm{d}}\lambda \end{align} \]

すなわち

\[ \frac{{{\rm{d}}u}}{{{\rm{d}}\lambda }}\, = \frac{{8\pi hc}}{{{\lambda ^5}}}\frac{1}{{{e^{{{hc} \over {\lambda k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}} \]

プランク分布 (波長の関数)
図3. 波長の関数として表した放射エネルギー密度のプランク分布。 横軸の下にあるのは, 波長に対する可視光周辺のスペクトルの図。 380 nm から 780 nm あたりが可視光。

ちなみに, 周波数の式で \(h\nu \gg k_{\scriptsize{\rm{B}}}T\) とするとヴィーン (Wien) の近似式になる。

\[ \frac{{{\rm{d}}u}}{{{\rm{d}}\nu }} = \frac{{8\pi h{\nu ^3}}}{{{c^3}}}{e^{ - {{h\nu } \over {k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} \]

また, \(h\nu \ll k_{\scriptsize{\rm{B}}}T\) のときはレーリー・ジーンズ (Rayleigh-Jeans) の近似式になる。

\[ \frac{{{\rm{d}}u}}{{{\rm{d}}\nu }} = \frac{{8\pi k_{\scriptsize{\rm{B}}}T{\nu ^2}}}{{{c^3}}} \]

エネルギー密度

放射密度すなわち黒体放射のエネルギー密度 (J m−3) は, エネルギー密度についてのプランク分布の式を積分することで得られる (計算には公式 \( \int_0^\infty {\frac{{{x^3}}}{{{e^x} - 1}}{\rm{d}}x} = \frac{{{\pi ^4}}}{{15}} \) が必要)。

\[ \begin{align} u &= \int_0^\infty {\frac{{8\pi h{\nu ^3}}}{{{c^3}}}\frac{1}{{{e^{{{h\nu } \over {k_{\scriptsize{\rm{B}}}T}}}} - 1}}{\rm{d}}\nu } \\ &= \frac{{8{\pi ^5}{k_{\scriptsize{\rm{B}}}^4}}}{{15{c^3}{h^3}}}{T^4} \end{align} \]

ここで

\[ a = \frac{{8{\pi ^5}{k_{\scriptsize{\rm{B}}}^4}}}{{15{c^3}{h^3}}} \]

とすると, エネルギー密度をつぎのように書くことができる。

\[u = a{T^4}\]

係数 \( a \) を放射密度定数ということがある。

エネルギー密度 \( u \) に光速度 \( c \) をかけて立体角 \( 4\pi \) で割ったものは, 単位時間に単位面積を通過する立体角あたりのエネルギー (W m−2 sr−1) を表す。 「放射輝度」(radiance) とよぶようだ。 これを \( B \) とすると, \( u \) との関係はつぎのようになる。

\[ B = \frac{c}{{4\pi }}u \]

上半球での積分
図4. 放射輝度 \(B\) (W m−2 str−1) に \( \cos \theta \) をかけ, 上半球の立体角にわたって積分すると放射発散度 (W m−2) になる。

黒体表面の単位面積から出てくるエネルギーを求めるには, 上の放射輝度 \( B \)\( \cos \theta \) (\( \theta \) は表面の法線と光の方向とのあいだの角度すなわち出射角) をかけて斜め方向に出たために減少した放射を求め, それに微小立体角 \( \sin\theta \,{\rm{d}}\varphi \,{\rm{d}}\theta \) を掛けて上半分で積分するとよい (図4)。 積分は

\[ \int_0^{{\textstyle{\pi \over 2}}} B\cos \theta \,{\left( {\int_0^{2\pi } {\sin \theta \,{\rm{d}}\varphi } } \right)} \,{\rm{d}}\theta = \pi B \]

となるので, 単位時間に単位面積から出てくるエネルギー (W m−2) を \( I \) とすると,

\[I = \pi B\, = \frac{c}{4}u = \frac{{ca}}{4}{T^4}\]

と書くことができる。 これを radiant emittance という。 日本語では「放射発散度」というが, 本によってはこの \( I \) を放射強度とよんだり放射輝度 \( B \) のことを放射強度とよんだりして混乱しているようだ。 放射輝度と放射発散度は, 名前ではなく単位 (W m−2 sr−1 か W m−2 か) で区別すれば混乱しないだろう。 上の式で \( \sigma = ca/4 \) とおくと, 放射発散度はつぎのように書ける。

\[ I = \sigma{T^4}\]

この係数 \( \sigma \) をシュテファン・ボルツマン定数という。

参考までに, 定数の数値は以下のとおり。

\[ a = \frac{{8{\pi ^5}{k_{\scriptsize{\rm{B}}}^4}}}{{15{c^3}{h^3}}} \approx 7.5657 \times {10^{ - 16}}\ {\rm{J}}\ {{\rm{m}}^{ - 3}}\ {{\rm{K}}^{ - 4}} \]
\[ \sigma = \frac{{2{\pi ^5}{k_{\scriptsize{\rm{B}}}^4}}}{{15{c^2}{h^3}}} \approx 5.6704 \times {10^{ - 8}}\ {\rm{ W }}\ {{\rm{m}}^{ - 2}}\ {{\rm{K}}^{ - 4}} \]



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T. Fujiwara, updated 2025/01