物理をやっている人は, アインシュタインの相対性理論のことを短く「相対論」と呼ぶことが多い。 ここでも「相対論」を使うことにしよう。 この相対論には2種類がある。 ひとつは一定の速度で運動する「慣性系」で成り立つ特殊相対論 (1905年), もうひとつは加速度系あるいは重力を含む一般相対論(1916年)だ。 ここでは, むずかしい数学を必要としない特殊相対論だけを扱うことにしよう。
ところで, 1998年の「アエラ」に草野マサムネさんが表紙として載った号があった。 その「表紙の人」ページにあった草野さんのコメントを見ると, 「CDもテレビも相対性理論も, 仕組みが理解できないうちに死んでいくんだろうなあ。 そう思うと悲しいなあ。」と書いてあった。 そんなことはない, CDやテレビの仕組みよりも相対論のほうが簡単だ, そのうち草野さんに説明しなければ, というのがそのとき思ったことだった。 草野さんのように相対論を理解したいと思っている人は多いはずだ。 筆者も, 小学生のころから相対論が学校の授業に出て来るのを楽しみにしていたものだ (けっきょく, 高校になっても出てこなかったが)。 もうアエラの記事から20年以上も経ってしまったし, 草野さんが私のページを読んでくれるとも思えないが, 相対論を知りたいと思っている人が読めばわかるように相対論を説明してみたいとずっと考えていた。 じつは, 基本原理がわかると, 相対論は案外簡単に理解できるのだ。
物理の世界では, 19世紀に電磁気学で大きな発展があった。 クーロンの法則やアンペールの法則やファラデーの電磁誘導などの電磁場[1]の法則を, クラーク・マックスウェルが4本の連立方程式にまとめることに成功したのだ。 その方程式を解いたところ, 電場と磁場が振動しながら伝わる波「電磁波」が存在することが理論的にわかった。 ほどなく, ヘルツがコイルを使った実験で電波の発信と受信に成功し, 電磁波の存在が証明された。 また, 真空の誘電率と透磁率から理論で求めた電磁波の速度[2]は秒速約 30万 km, つまり光の速度と同じであった。 光は電波と同じ電磁波だったのだ。
このように19世紀に光の正体が電磁波であることがわかったが, ふつう波が伝わるためには, 音波を伝える空気のように, 媒質が必要だ。 そこで, 光を伝える媒質は何かというのが問題になった。 光は太陽からも, はるか彼方の銀河からもやってくる。 光を伝える媒質は宇宙に充満しているはずだ。 しかも力学に全く影響を与えないようなきわめて軽い物質でなければならない。 もちろん原子や分子でできたふつうの物質ではない。 というわけで, 当時の物理学者は, この仮想の物質をエーテル[3](aether または ether) と呼んだ。
さて, もしエーテルが存在すると, 何が起こるだろう? 地球は太陽の周りを秒速 30万 km で公転しているので, 宇宙に充満したエーテルの中を突き進んでいるだろう。 そうすると, 前方からやってくる光と横からやってくる光の速度は異なるはずだ。 というわけで, 光の速度のわずかな差を検出する装置が作られ, 実験が繰り返された。 マイケルソン・モーリーの実験[4]だ。 その結果は, 光の速度に差はなく, 光はどの方向からも同じ速度でやってくる, というものであった。 これは, 19世紀末の物理学者を悩ませる大問題であった。 エーテルが地球にピッタリとくっついて動いているとでも考えないかぎり理解できない結果だったのだ。
[1] 物理学者は, 電気・磁気の場を電場・磁場と呼ぶが, かつて高校の物理では, 電界・磁界と呼んでいた。 重力場のように「場」を使うべきだろうと思っていたら, 最近ようやく電場・磁場と呼ぶようになったようだ (中学校ではまだ電界・磁界?)。 電界・磁界を使っている人は, 切り換えよう。
[2] クーロンの法則に出てくる係数を誘電率, アンペールの法則に出てくる係数を透磁率という。 真空の誘電率を \( \varepsilon_{0} \), 真空の透磁率を \( \mu_{0} \) とすると, 電磁波の速度は \( 1/\sqrt{\varepsilon_{0} \mu_{0}} \) で与えられる。
[3] 化学物質のエーテルとは別物なので注意してほしい。 エーテルの英語読みはイーサで, 今日でも名称がネットワークの規格 (イーサネット) に使われている。
[4] マイケルソンは, この業績によって科学部門ではアメリカ人初のノーベル賞を受賞している。
光速度の問題に決着を付けたのがアインシュタインだ。 アインシュタインは, 光の速度はそもそも誰が見ても同じに見えるものだと考え, これを受け入れると全てが解決することを示した。 光の速度は, 光源がどんな運動をしていても, 観測者がどんな運動をしていても不変。 これを光速度不変の原理という。 「原理」と名前が付いているのは, この世界はそのようにできているとしか説明のしようがないという意味だ。
アインシュタインが, 光速度不変の原理を主張したのには理由がある。 ニュートン力学では, 座標が静止していても一定の速度で運動していても, 力学法則は同じように成り立つ。 たとえば, 地球の自転のために地表が秒速 400 m で動いていても, まず気付かない[5]。 地球が太陽の周りを秒速 30 km で動いていることもふつうは気付かない[5]。 つまり, 力学の法則を見るかぎり, 一定の速度での運動と静止とは区別がつかないのだ。 このように, 一定の速度で運動していても力学法則が静止系と変わらないことを 「ガリレイの相対性の原理」という。 静止系と一定の速度で運動している座標系をまとめて慣性系というので, 力学法則はすべての慣性系に対して同様に成り立つ, と言い換えることができる。 アインシュタインが信じたのは, 電磁気の法則もすべての慣性系に対して同様に成り立つはずだということだった。 もしエーテルを認めると, エーテルが静止している座標系がいわば絶対静止系になり, 電磁気の法則はエーテルの座標系に対する法則になってしまう。 それはないだろう! というわけだ。
1895年ごろ, 16歳になったアインシュタインは, もし自分が光[6]の速度で飛ぶことができたら, はたして光は止まって見えるのだろうか? と考えたという (図1 参照)。 もしそうだとすると, 光の速度で飛びながら目の前に鏡を出すと, 光が前に進めないので自分の顔も映らないのだろうか? そして1905年にアインシュタインが出した答は, どんな速度で飛ぼうが光の速度はいつでも同じで, 顔はちゃんと映る, であった。 電磁気も力学も含めて, 物理法則はすべての慣性系に対して同様に成り立つと考えたのだ。 これを「アインシュタインの相対性の原理」という。 じつは, 電磁気の法則がすべての慣性系に対して同じように成り立つとすると, 真空の誘電率と透磁率は不変なので, 誘電率と透磁率から出て来る光の速度が一定になるのは当然のことなのだ。 アインシュタインは, これをあえて「光速度不変の原理」として強調したのだった。
[5] 地球の自転による地表の運動や地球の公転は厳密には等速直線運動ではないので, 日周運動や太陽位置の変化で気づくことができるが, 短時間ならほとんど直線運動なので静止系との違いがまずわからないという意味だ。
[6] アインシュタインは特殊相対論の論文の直前に光量子論の論文を書いている。 光は波ではあるが, 個数が数えられるという意味で粒子の性質も併せ持っているというのだ。 このため, アインシュタインの意識の中では, 光のことを, 媒質を必要とするような波ではなく, つねに光速度で運動する粒子であると考えることに抵抗がなかったのかもしれない。
光速度不変の原理をわかりやすく言うと, どんなに速い速度で逃げても光はいつでも光速度で追い抜いていくし, どんなに速い速度で光に向かっても光は光速度で通り過ぎるということだ。 マイケルソン・モーリーの実験は, まさに光速度不変の原理を示す実験だったのだ。 なお, 光速度には, ふつう記号 \( c \) を使う。 その値は \(c = 2.99792458 \times {10^8}\,{\text{m/s}}\) だ。
|
光速度不変の原理を受け入れると, 簡単な思考実験から, すべての人に共通の「絶対時間」というものはなく, 座標系が変われば時間も変わるということがわかる。 以下では, ある座標系での「同時」が別の座標系では場所ごとに別々の時間になっていることを示そう。
長い列車が走っていて, そのちょうど真ん中にライトがあるとしよう。 そのライトが光ったとして, ライトから出た光は列車の前にも後にも光速度で飛ぶので, 光は列車の前端と後端に同時に着く(図3a)。 これは, 列車の中の時間での話だ。 同じ現象を, 列車の外から見るとどうなるだろう。 列車の中央のライトから出た光は, 列車の外の人にとっても, 前にも後にも同じ光速度で飛ぶ。 光が飛んでいる間に列車は前に進むので, 光は先に後端に着く。 列車の前端は逃げるので着くのが遅くなる(図3b)。 これが列車の外の時間での記述だ。 つまり, 列車の外の時間で見ると, 列車の後端は列車の前端よりも先つまり未来を行っているわけだ。 このように, 走る列車の中を外の時間で見ると, 列車の場所ごとに別々の時間を過ごしているように見える。 これが, 光速度不変の原理の結論だ。 光は, 音波のように風に流されることもなく, 誰が見ても同じ速度で運動する。 これを受け入れると, ある座標系での同時が, 別の座標系では場所ごとに別々の時間になっていることがわかる。 このように, 時間は空間と一体となっていて, 別の空間に乗り移ると場所が時間とともにずれるだけでなく時間も場所によってずれてしまう。 ニュートン力学で考えられたような宇宙共通の絶対時間などは存在しないので, 「同時」は座標系を指定しないと意味がないのだ。
光速度不変の原理を認めると, 場所によって時間が別々に見えるだけでなく, 時間の進み方も変わることがわかる。 いま速度\( v \)で移動する列車の個室の中を, 列車の進行方向と垂直な方向, たとえば床から天井へ進む光を考える (図4a)。 これを列車の中で見たとき, 光の速度を\( c \), 光が進むのに要する時間を\({t_0}\)とすると, 床から天井までの距離は\(c{t_0}\)となる。
同じ光を列車の外から見ると, 光は図のように斜めに進むことになる(図4b)。 光が進むのに要する時間を\( t \)とすると, 光の速度はあいかわらず\( c \)なので, 光が進んだ距離は \( ct \) となる。 いっぽう, この間に列車が移動した距離は \( vt \) なので, 図4c の直角三角形における三平方の定理から \( ct \) と \(c{t_0}\) の間にはつぎの式が成り立つ。
これを\({t_0}\)について解くと,
平方根の中は 1 より小さいので, この式は \({t_0}\)が\( t \)よりも小さいことを意味する。 すなわち, 運動する時計の時間はゆっくり進むというわけだ。 たとえば, 列車の速度が光速度の 0.6 倍のとき, 時間の進み方は 0.8 倍になる。 スーパーマンが光速度に近い速度で飛んでいると, 腕時計が遅れてしかたがないはずだ。
時間の遅れと同様に, 思考実験で, 動くものの長さが進行方向に収縮することを示すことができる。 こちらの方は, 少し注意深い思考実験が必要だ。 (この項は, むずかしければ読み飛ばしてもよい。 長さの収縮を直感的に理解する方法はいくつかあるが, どれもちょっと面倒だ。 じつは, ローレンツ変換を使えば簡単に理解できるのだが……)
いま, 長さ\({L_0}\)の列車が 速度\( v \)で走っているとする。 この列車の前端が地上の時計 (黄色) の横を通り過ぎてから, 列車の後端が同じ地上の時計のところに来るまでの列車での時間 (青色) を\({T_0}\)とすると(図5a), つぎの式が成り立つ。
また, 列車から見た地上の時計 (黄色) の時間を\( T \)とすると, 地上の時計は列車に対して動いているので時間の進み方が遅くなっている。 すなわち, つぎの関係が成り立つ。
先ほどの, 列車の中の時計を外から見たときとは逆の関係になっているので注意してほしい。 慣性系は対等なので, 列車の中のある特定の時計を地上の時間で見ると遅れ, 同様に地上のある特定の時計を列車の時間で見ると遅れる。 動く時計の時間は遅れる, と覚えるとよい。
同じことを, 地上から見てみよう。 列車の前端が地上の時計 (黄色) の横を通過してから列車の後端が同じ時計の横に来るまでの時間を \( T \)とし, 地上に対する列車の長さ (地上の同時における列車の前端と後端の差) を \( L \)とすると (図5b), つぎの式が成り立つ。
式 (4) の両辺に\( v \)をかけて, 式 (3) と式 (5) を代入すると, つぎの式が得られる。
これは, 地上の座標系で見ると列車の長さが進行方向に縮んでいることを表している。 たとえば, 列車の速度が光速度の 0.6 倍のとき, 列車の長さは元の長さの 0.8 倍になっている。
座標系によって時間の進み方が遅くなったり長さが縮んだりする結果, それぞれの座標系の長さと時間を使って求めた光の速度はいつでも一定になるわけだ。 また, 相手の座標系の速度が互いに同じ\( v \)に見えるわけだ。 このように, 光速度不変の原理を認めるだけで, 時間や長さが座標系によって異なることが必然的に出てくる。 光速度不変の原理を自然に受け入れられるようになったら, あなたは相対論が半分以上わかったと思ってよい。 とくに, ある座標系での「同時」が別の座標系では同時でないことが当然のことと感じられるようになったら, しめたものだ。
時間の遅れの例としてμ (ミュー) 粒子をあげよう。 地球には宇宙線と呼ばれる高エネルギーの陽子が降り注いでいる。 宇宙線は上空 10 km あたりで大気中の窒素や酸素の原子核に衝突して原子核を破壊するが, そのときπ (パイ) 中間子という粒子が発生し, π中間子はただちにμ粒子とニュートリノに変わる。 μ粒子は電子と似た粒子で, 質量が電子の200倍ほどあり, 約 2×10−6 秒の平均寿命で電子とニュートリノに崩壊する。 ところで, μ粒子は光速度に近い速度で飛んでいるが, 単純にその速度に平均寿命をかけると, μ粒子は平均 600 m ほど走ったところで電子に変わってしまうことになる。 これでは, μ粒子はとても地表まで走れない。 しかし, 現実には多くのμ粒子が地表に到達している (図6)。
これは, μ粒子の内部で時間がゆっくり進むのが原因だ。 たとえばμ粒子の速度が光速度の 0.9998 倍だとすると, 時間は約 50 倍ゆっくりと進むので, μ粒子は平均 30 km も走れることになる。 これをμ粒子から見ると, 地球が光速度の 0.9998 倍で接近するため進行方向に約50分の1に圧縮されていることになる。 μ粒子にとっては地面までの距離が 200 m ほどしかないので, 余裕で地面に到達できるのだ。 このように, 素粒子の世界では粒子が光速度に近い速度で飛ぶのはふつうのことだ。
スーパーマンが光速度の 0.8 倍の速度 (24 万 km/s) で 24 万 km の距離を飛ぶ場合を考えよう。 地球の時間で見ると, 所要時間はちょうど 1 秒になる。 また, スーパーマンは, 進行方向に 0.6 倍に収縮している (図6a)。
こんどはスーパーマンの座標系で見てみよう。 このとき, 地球やゴールは光速度の 0.8 倍で運動しているので, コースの長さは 0.6 倍に収縮しており 14.4 万 km しかない。 したがって, スーパーマンの時計では, 地球が通り過ぎた 0.6 秒後にはゴールが目の前に来ることになる。 つまり, スーパーマンの内部では時間があまり経っていないわけだ。 このように, 座標系によって時間や長さが変わるおかげで, 光の速度はつねに一定になり, 互いにすれ違う速度も同じに見えるのだ。
戻る
T. Fujiwara, updated 2024/09