不適切な大学入試問題


(重要) 回転の定義: 回転軸を中心に向きを変えながら回る運動。自転を止めた地球の共通重心まわりの公転運動は, 回転運動ではなく並進運動。
(重要) 遠心力の定義: 回転系に現れる慣性力で,大きさは回転軸からの距離に比例する。並進加速度系に現れる一様な慣性力をどこでも同じ遠心力などと呼んではいけない。

2016年度入試センター試験「地学」と2019年度入試センター試験「地学」追試で, 潮汐力の原因を問う出題があった。 問題文にある遠心力を本来の意味で解釈した物理としての正解が, 地学としては誤答になるという, 入試問題として不適切な問題であった。 原因はもちろん, 地学で一様な慣性力 (並進慣性力) を間違って遠心力と呼んでいるからだ。 物理としての正解と地学としての正解が異なるというのは, どう考えてもまずいだろう。

また, 2005年度入試センター試験「地学IB」と2021年度共通テストの「地学」追試にも潮汐力の問題が出た。 ここでも, 慣性力が地学の教科書と同様に遠心力と表記されていた。 解答には直接影響しないかもしれないが, 受験生に混乱を招いた可能性がある。

潮汐力が正しく教えられていない現状では, 潮汐力の原因を問う問題を適切に作成することはきわめてむずかしい。 地学の教科書における潮汐力の説明が「遠心力との合力」から「慣性力との合力」または「重力の差」に改まるまでは, 入試での潮汐力に関する出題はやめるべきだろう。
(注) 2023年に地学教科書が改訂され, 潮汐力の説明文から遠心力が消えた。潮汐力は, 重力の差として説明されるようになった。

(追記) 東京大学が 2022年度前期入試「物理」の第1問 Ⅱ,Ⅲ (潮汐力についての問題) で 慣性力を遠心力と書いてしまった。 潮汐力の問題は出さないほうがよいと言ったのに…… (2022年2月)
(追記2) 東京大学が 2023年度前期入試「地学」の 第2問 問2 (3) で 起潮力のしくみを記述させる問題を出した。 教科書が改訂されていない段階での出題はまずいのでは…… (2023年2月)




2023年度 東京大学入学試験 前期 地学

第2問
問 2 次の文章を読み,以下の問いに答えよ。
 月と太陽の影響によって生じる起潮力を受け,海面は規則的な昇降を繰り返す。この現象を潮汐という。月による起潮力は,月に面した地球表面とその裏側で,海面を上昇させる方向に働く。 ……

(3)   下線部で述べた現象が起こる仕組みを2~3行程度で説明せよ。

解説
現行の地学の教科書では, 潮汐力 (起潮力) を月の重力 (引力) と公転によるどこでも等しい遠心力との合力として説明している。 ところが, 遠心力は用語の誤用であり, 本当は慣性力と呼ばなければならない。 実際, 気象庁や国立天文台のウェブサイトでは近年, 遠心力による説明が慣性力による説明に改められた。教科書も改訂を待つ段階である (注. 2023年に改訂された)。 この時期に潮汐力を説明させる出題をすることは不適切だと思われる。

案の定, 予備校が発表した解答例は, 慣性力を使って説明する例 (東進), 地球の表面にはたらく月の重力と地球の中心にはたらく月の重力との差で説明する例 (代ゼミ, 駿台別解), 地学の教科書を踏襲し遠心力を使って説明する例 (駿台, 河合塾) に分かれた。 慣性力を使った説明や重力の差を使った説明が正しいのはもちろんであるが, 現状では地学教科書の間違いを踏襲した遠心力による説明も正解にしないといけないだろう。 東大がどちらを正解にするつもりだったのか知らないが, 時期が悪いと言わざるを得ない。




2022年度 東京大学入学試験 前期 物理

2022年度 東大物理 第1問Ⅱ p6 2022年度 東大物理 第1問Ⅱ p7

第1問
Ⅱ (3)
… 地球が点 O を中心とした円運動をすることで生じる遠心力 fc を求め …

解説
問題の図から地球の運動が並進円運動であって回転運動でないことがわかる。 並進加速度系に乗ると現れる力は慣性力 (並進慣性力) であって, 問題文にあるような遠心力ではない。 つまり, 地学教科書と同様に, 出題側は問題文の中で並進慣性力を誤って遠心力と表記している。 ところが, 遠心力と書くと, 題意に反して回転系に乗ることを意味することになってしまう。 遠心力を定義どおりに解釈し回転系に乗って遠心力を計算した答案に対して, 配慮が必要ではないか。

参考までに, 予備校が公開している解答例を見ると, ひそかに問題文の誤りを指摘しているものがある。 たとえば, 東進は「遠心力」を求め… という問に対して「慣性力」として解答を与えている。 また,代々木ゼミナールは, 並進加速度系に現れる慣性力がどこでも同じになることを利用した物理としての理想的な解答を (もちろん遠心力ではなく慣性力の名称で) 別解として与えている。 えらい。

東大物理 第1問Ⅱ(3) 東進解答例 東大物理 第1問Ⅱ(3) 代ゼミ解答例




2016年度 大学入試センター試験 地学

2016年度 地学 第3問B

解説   「遠心力」を物理として正しく解釈すると, 遠心力の大きさは共通重心からの距離に比例するので, 月から遠い側の方が大きくなる。 したがって, 正解は ④ になる。 いっぽう, 地学の教科書のように, 遠心力を誤って並進慣性力の意味で使うと, 正解は ② になる。 しかし,遠心力はあくまでも回転軸からの距離に比例する力なので, 「公転による遠心力」はふつうの遠心力ではなくどこでも同じ慣性力のことだという地学側の言い訳は成り立たない。 本来の正解 ④ を正解とするべきだが, 大学入試センターが発表した正解は ② であった。 本来の正解を答えた人は, 不当に4点を失ったことになる。




2019年度 大学入試センター試験追試 地学

2019年度 追試 地学 第3問C

解説   「遠心力」を物理として解釈すると, 遠心力の大きさは共通重心からの距離に比例するので, 遠心力の大きさと向きを最もよく表すのは ④ の図になる。 いっぽう, 遠心力を間違って並進慣性力の意味で使うと, 正解は ① になる。 このように, 地学教科書での遠心力の誤用が原因で, 物理としての正解と地学としての正解が異なるものになる。 もちろん, 遠心力を正しく解釈した ④ が正解だ。 遠心力はあくまでも回転軸からの距離に比例する力なので, 「地球の公転による遠心力」はどこでも同じ慣性力の意味だという言い訳は成り立たない。 大学入試センターが発表した正解は ① であった。 ④ と答えた人は, 不当に3点を失ったことになる。




2005年度 大学入試センター試験 地学IB

2005年度 地学IB 第2問B 2005年度 地学IB 第2問B つづき

解説   潮汐力 (起潮力) の説明に問題がある。 潮汐力を得るためには, 地球を回転ではなく並進円運動させる必要があるが, この説明文では地球を回転させてしまっている。 これでは, 潮汐力をまともに計算することもできない。 地学の教科書の誤り (並進慣性力を「公転による遠心力」と表記) よりも深刻な間違いと言ってよい。 解答に直接は影響しないかもしれないが, このような誤った説明文を入試に出してはいけない。




2021年度 共通試験追試 地学

2021年度 追試地学 第4問B 2021年度 追試地学 第4問B つづき

解説   解答に直接は影響しないが, 図4の中で並進慣性力が遠心力と表記されている。 元になった地学教科書にある図が遠心力となっているのでやむを得ないが, 誤りには違いない。 教科書の遠心力が慣性力に改められるまでは, 潮汐力に関する問題を入試に出すべきではないだろう。


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T. Fujiwara, last updated 2023/04