物理量は単位を持つ。 現在, 物理だけでなく日常生活でも広く使われている国際単位系[1] (SI) では, 長さの m (メートル), 時間の s (秒), 質量の kg (キログラム), 電流の A (アンペア) などの基本単位が定義されている。 そして物理量の単位は, 一般に 面積の m2, 速度の m/s のように, 基本単位の組合せで表わすことができる。 物理量の中には, ものの個数のように単位を持たない量 (無次元量という) もある。 単位記号のほか, 数値が適切な大きさになるように単位記号の前に接頭語を付けることがある。 1000を表す k (キロ), 0.01 を表す c (センチ), 0.001 を表す m (ミリ) などはおなじみだ。
基本単位の表ところで, 報道番組などを見ていると単位の換算に苦労している人が多いことに気づく。 ずいぶん昔のことになるが, 2011年の福島第一原発事故の報道のときは, 空間放射線量の単位である マイクロシーベルト毎時 と ミリシーベルト毎年 を区別できない報道機関が多くて驚いたものだ。 いまでも, 日常生活では誤った単位が平気で使われていることがある (たとえばコインパーキングの料金表示の 60分/200円 は間違いで 200円/60分 が正しい)。 これは, 学校で単位の原理がまともに教えられていないことが原因であると思われる。 じつは, 物理をやっている人にとってはあたりまえのことなのだが, 単位は物理量の定義をそのまま式で表したものだ。 単位の換算も, 基本単位の換算式を代入するだけで機械的にできてしまう。 たとえば小学校でよく出てくる時速から秒速への換算も, 頭を使わず代入するだけでよい。 単位の原理さえ理解すれば, 複雑な単位の換算も苦もなくできるのだ。 この小文では, そのことを示したいと思う。
[1] 国際単位系は SI (Système International d'unités) ともいう。 いわゆるメートル法を引き継いだ単位系で, もともとはフランス革命のあとフランスで人民のための単位として制定されたものだ。 たとえば 1 m は地球の北極から赤道までの長さの1000万分の1, 1 kg は最大密度の蒸留水 1 L (リットル) の質量, 1 s (秒) は平均太陽日の 86400分の1 として定義され, 1 m の原器や 1 kg の原器の複製が世界中に配布されて普及した。 しかし人工物や天体の運動に依存する定義は不安定なので, 20世紀後半になって 秒 はセシウム原子の超微細遷移振動数が正確な数値になるように, メートル は光速度が厳密な数値になるように定義された。 そして, 2019年からは, 残りの基本単位も物理定数(プランク定数, 電気素量など)が厳密な数値になるように再定義されることになった。
単位の話を始める前に, まず除算 (割り算) の話をしよう。 というのは, 単位記号にはふつう除算が含まれるからだ。 除算は一般に逆数の乗算として定義され, 分数で表わされる。 初等教育では除算に ÷ 記号を使うが, 除算はほんらい下の式のように分数で書くべきだ。 じっさい, 中学校以降では ÷ 記号を使わず, 代わりに分数を使うようになる。 ただし, 分数で書くと縦に長くなるので, 1行で表したいときは「スラッシュ」 / を使って 分子/分母 と書いてもよい。
ちなみに, 日本では除算記号として ÷ を用いるが, ÷ を使う国はアメリカ, 英国, 日本, 中国, 韓国, タイ などに限られていて, 別の除算記号を使う国が多い。 たとえば, ドイツ, フランス, オランダなどでは除算に ÷ ではなく : (コロン) を使う。 じつは除算記号の主流は / (スラッシュ) で, 世界の多くの国で使われている。 また, プログラミング言語でも除算は / で表される。 スラッシュは, 上で述べたように, 分数を1行で書いたものとも見なせるので合理的な除算記号なのだ。 国際的には除算記号として / が推奨されているので, 日本の除算記号も将来 ÷ から / に換わるかもしれない。
物理量は単位をもつ。 たとえば長さが 10 m であるとは, 長さが単位長さ 1 m の10倍であること, つまり \( 10\,{\text{m}} = 10 \times 1\,{\text{m}} \) を表す。 あるいは \( 10\,{\text{m}} = 10 \times {\text{m}} \) と思ってもよい。 中学で習うように, 1 倍は省略され, × 記号も省略されているわけだ。
ところで, 物理量を変数で表すときは, 英語名の頭文字を使うことが多い。 物理変数の書体にはふつうイタリック体を使う。 いっぽう, 単位の表記にはローマン体 (立体) を使う。 たとえば, 速度 (velocity) \( v \) が 10 m 毎秒 であるときはつぎのように書く。 もちろん s は時間の単位 秒 (second) のことだ。
物理量の単位は, その数値を計算するときに単位を含めて計算し, その結果を数値と単位に分けたときの単位部分のことだ。 これが, 組み立て単位の起源だ。 したがって, 単位を見ると, その物理量の求め方や定義がわかる。 上の例で, たとえば 100 m を 10 s で走ったときの速度を \( v \) とすると, 速度をつぎのように書くことができる。
また, 速度の単位が m/s であることから, 速度が 長さ(m) を 秒(s) で割った量であることがわかる。
面積を計算するときに単位も含めて計算すると, 面積の単位が出てくる。 たとえば一辺 10 m の正方形の面積は, 数値の部分が 100 に, 単位の部分が m × m = m2 になるので, 面積の単位が m2 であることがわかる。
m2 という記号は, まだべき乗を習っていない小学校の段階で出てくる。 「m の右上に小さい2が付いたものを平方メートルと読みます」といわれても, 小学生はわけがわからず戸惑うだろう。 m2 は m を2回かけたものという意味だと教えてもよいのではないか。
[注] たとえば長方形の面積 \( S = ab \), 三角形の面積 \( S = \frac{1}{2}ah \), 円の面積 \( S = {\pi}{r^{2}} \) のように, 数学で出てくる面積の公式をよく見ると, すべて長さを2回かけたものになっていることがわかる。 三角形の面積の公式に出てくる係数 1/2 や円の面積の公式に出てくる係数\( \pi \)は, 単なる数字であって単位を持たないことに注意。
距離 (位置の変化) を時間で割ったものを速度と呼んでいる。 たとえば, 80 km の距離を 2 h (2時間) で移動したときの速度は
速度の単位を見ると, 速度と時間から距離を求める方法もわかる。 距離がほしいときは, 速度の単位の分母 h を消すために, 速度に時間 h をかければよいはずだ。すなわち,
同じように, 距離と速度から時間を求めたいときは, 距離を速度で割ればよい。すなわち,
[注] 中学校では, 以前は km/時 や m/秒 のように単位記号に漢字を使っていたが, 2012年ごろより SI にしたがって km/h や m/s を使うようになった (読みは キロメートル毎時, メートル毎秒)。 小学校では, まだ 時速○km, 秒速○m を使っているようだが, km/h や m/s でもよいのではないだろうか。
さて, ここからが本題だ。 単位は, 物理量の計算に使った基本単位の組み合わせをそのまま書いたものなので, 別の単位に換算するときは基本単位の換算式をそのまま代入するだけでよい。 何も考えず代入するだけで, 機械的に単位の換算ができてしまうのだ。 ただし, 繁分数の計算が必要になることがある。
繁分数 (複分数) の計算m2 を cm2 に換算してみよう。 1 m = 100 cm なので, これを m に代入するだけよい。 すなわち,
m3 を cm3 に換算してみよう。 1 m = 100 cm なので, これを m に代入するだけよい。 すなわち,
単位換算の原理がわかったら, 図のような単位換算定規は不要だ。 ただし, べき乗をまだ習っていない小学生には定規も便利かもしれない。
たとえば 18 km/h を m/s に換算してみよう。 1 km=1000 m, 1 h=3600 s なので, これらを km と h に代入するとよい。
逆に, たとえば 5 m/s を km/h に換算してみよう。 \( {\text{1}}\,{\text{m}} = \frac{{\text{1}}}{{{\text{1000}}}}\,{\text{km}} \), \( {\text{1}}\,{\text{s}} = \frac{1}{{3600}}\,{\text{h}} \) なので, これらを m と s に代入するとよい。
このように, 単位の換算は, 基本単位の換算式を単位記号に代入するだけで機械的にできる。 小学校で習うような, 秒速 5 m で 3600 秒走り続けると 18000 m つまり 18 km 走ることになる, と想像力を使って考える方法は不要だ。 複雑な単位の換算も, 機械的に代入するだけで確実にできるので, 知っておいてほしい。
速度の例として, 時間の単位をいくつか混在させた問題をやってみよう。 たとえば, 72 km の距離を10 m/s で走ったら何時間かかるだろう。 まず, 与えられた単位のままで時間を求める式を書き, 途中で単位を揃えながら, 最後に時間の単位を h に変えればよい。 すなわち,
単位の換算が機械的にできることは物理をやっている人にとってはあたりまえのことなのだが, 物理にあまり縁のない人の多くは小学校で習ったとおりに頭を使って計算しているのではないだろうか。 それでは, 見慣れない単位の換算はむずかしいだろう。 学校教育のどこかの段階で (たとえば中学校でべき乗を習ったあとで) / が分数を表すことや, 単位の原理について教えるとよい。 小学校の段階では 単位の換算は基本単位の換算のみで済ませ, 複数の単位でできた組立単位 (たとえば速さ) の換算はほどほどにするのがよいのではないだろうか。 そして, 中学校で式の変形を習った段階でちゃんと勉強するほうがよいだろう。 そのときに単位の原理が理解できたら, 速さの計算は自然にできるようになるはずだ。
地表に堆積した放射性物質から出るガンマ線による, 屋外で浴びる放射線量の単位として, μSv/h (マイクロシーベルト/時) や mSv/a (ミリシーベルト/年) が使われる。 ただし, a は 年 を表す単位記号で, 1 a = 365.25 日 とする。 ここでは, 0.05 μSv/h (地面からの自然放射線量はこの程度) を mSv/a に換算してみよう。 慣れない単位のせいか, 福島第一原発事故のときは残念ながら報道機関はすぐには対応できなかった。 このような, ふだん使わないような単位の換算も, じつは基本単位の換算式を代入するだけで機械的にできてしまう。 1 h = [1/(24×365.25)] a = (1/8766) a なので, これを分母の h に代入するだけでよいのだ。
すなわち \( {\text{0.05}}\,{\MU}{\text{Sv/h}} \approx {\text{0.44}}\,{\text{mSv/a}} \)。 ここで μ (マイクロ) と m (ミリ) の関係 μ=0.001 m を使った。
参考: 一般人の限度放射線量毎年は 1 mSv/a なので, 上の線量は限度以下。
物理量の単位を見ると, その量の定義や求め方がわかるだけでなく, その物理量を求めるための公式を推測することもできることを示そう。 おもな物理量の単位については, 以下の表を参考にしてほしい。
[表] おもな組み立て単位
たとえば, 地上の重力加速度 \( g \) のもとで
高さ \( h \) から落とした質点が地表に達したときの速度
\( v \) を見積もってみよう。
いま物理量 \( Z \) に対して, その物理量の単位を
\( [Z\,] \) のように [ ] を使って表すことにする[2]。
また単位としては SI を使うことにすると,
重力加速度: | \( [\,g\,] = {\text{m}}/{\text{s}}^{2} \) |
高さ: | \( [\,h\,] = {\text{m}} \) |
これより, 加速度 \( g \) と高さ \( h \) をかけると, 単位が m2/s2 つまり 速度の2乗になることがわかる。すなわち
したがって, 速度 \( v \) は \( gh \) の平方根と同じ単位を持つことがわかる。 これより, 速度 \( v \) は
のような式で表せることが推測できる。 ここで \( \sim \) は, 位(オーダー)が等しい, すなわち数倍ていどの誤差の範囲で等しいことを意味する物理学者がよく使う記号だ。 正確な公式を得るためには, ちゃんと計算する必要がある。 よく知られているように, 正しい式は \( v = \sqrt {2gh\,} \) となる。単位から推測した式の \( \sqrt {2\,} \) 倍だ。
[2] 記号 [ ] はふつう単位の次元を表す記号として使われる。 たとえば 速度 \( v \) の次元を \( [\,v\,] \)= (長さ)(時間)−1 のように表す。 しかし, 次元で表すと抽象的なので, ここでは直接 SI の基本単位で表すことにする。
同じ議論が, 重力と長さだけで決まる速度に応用できる。 海の深さよりも長い波長の波, たとえば津波は, 表面から海底までの水全体が揺れ動く波なので, 重力と海の深さでその速度が決まる。 いま重力加速度を \( g \), 海の深さを \( h \) とすると, 津波の速度は
と見積もることができる。 ちゃんと計算で求めた津波の速度は, たまたまこの式と一致する。 重力加速度の大きさは \( g = {\text{9.8}}\,{\text{m/s}}^{2} \) なので, たとえば深さ \( h = {\text{1000}}\,{\text{m}} \) の海を伝わる津波の速度\( v \)は 約 100 m/s となり, 新幹線よりも速いことがわかる。
今度は, 天体の運動を考えてみよう。 中心天体の質量を \( M \), その周りを公転する惑星の軌道半径を \( r \), 重力定数を \( G \) とすると,
重力加速度: | \( [\,GM / r^{2}\,] = {\text{m}}/{\text{s}}^{2} \) |
軌道半径: | \( [\,r\,] = {\text{m}} \) |
これより, 軌道半径を加速度で割ると, 単位が時間の2乗 s2 になることがわかる。つまり
したがって, 質量 \( M \) の天体の周りを公転する軌道半径 \( r \) の惑星の周期 \( T \) の公式は, この量の平方根として見積もることができる。すなわち
周期が軌道半径の (3/2) 乗に比例することは, ケプラーの法則にほかならない。 つまり, ケプラーの法則は単位の議論から導くことができるのだ。 ところで, 公転周期の正しい式は
なので, 見積もりの式はこれと \( 2\pi \) 倍異なるが, 桁数が違うほどではない。
最後に, 気体中を伝わる音波の速度を見積もってみよう。 音波の速度は気体の密度と圧力で決まる。 いま, 密度を \( \rho \), 圧力を \( P \), 音波の速度を \( v \) とすると, 密度と圧力の SI での単位は
密度: | \( [\,\rho\,] = {\text{kg}}/{\text{m}}^{3} = {\text{kg}}\,{\text{m}}^{-3} \) |
圧力: | \( [\,P\,] = {\text{N}}/{\text{m}}^{2} = {\text{kg}} \,{\text{m}}^{-1} \,{\text{s}}^{-2} \) |
これより \( [\,P/\rho\,] = {\text{m}}^{2}/{\text{s}}^{2} \)。 これはちょうど速度の2乗だ。 したがってこの量の平方根は速度の次元をもつことになる。つまり音波の速度の式は
のような式であることが推測できる。 気体中を音波が伝わるとき気体は等温変化ではなく断熱変化をするので, 正しくは, この式の平方根の中身に比熱比 (空気の場合は 1.4) をかけないといけないが, 音速のよい見積もりを与える式といえる。
日本語では, ものの個数に対して, 「枚」, 「本」, 「尾」のように対象に応じて助数詞を付けるが, 個数は単位ではない。 たとえば, 魚を縦に 2尾, 横に 3尾 並べても, 縦と横をかけて求めた魚の個数の単位は 尾 のままで (尾)2 とはならない。 このことから 尾 は数字の 1 と同じで単位をもたない量であることがわかる。 ものの個数のような, 単位を持たない物理量を無次元量という。 面積や体積の公式で出てくる係数も, 単位を変えるはたらきがないので無次元量だ。
無次元量は, 同じ単位の量どうしの除算でも出てくる。 いわゆる比は無次元量だ。 指数関数のべき, たとえば \( {e^x} \) の \( x \) も無次元量でなければならない。 なぜなら, \( {e^x} = 1 + x + \tfrac{{{x^2}}}{{2!}} + \tfrac{{{x^3}}}{{3!}} + \cdots \) なので, \( x \) は 2乗しても3乗しても単位が変わらない量, つまり無次元量なのだ。 指数関数を見たら, そのべきが無次元量になっていることを確認してほしい。
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T. Fujiwara, updated 2024/10